2008年09月06日

禁断の奥州街道(その17:七戸宿〜小湊宿)

七戸を出ると2010年に開通すると言う、建設中の新幹線七戸駅が見える。
町からはかなり離れているので、七戸町への直接的な経済効果は疑問があるが、十和田湖へのアクセスは良くなりそうだ。

20080906新幹線七戸駅s-.jpg


直ぐに、奥州街道には珍しい立派な松並木が見えてくる。
しかしこれは明治時代に植えられたもので、街道用でなくて牧場の軍馬の風除けだったとのこと。
源平合戦の宇治川先陣争いの名馬「いけずき」は七戸産とかで、その歴史を引き継いで、牧場が多い。

20080906七戸松並木1s-.jpg


道は途中で奥州街道下道と上道に分かれるが、上道の方を辿り、千曳の日本中央の碑歴史公園で伝・壷の碑の「日本中央」と刻された碑を見る。

20080906壷の碑s-.jpg

壷の碑に字を刻したとされる坂上田村麻呂は、ここには来ていないそうだが付近の地名が坪であったり、東奥紀行で「壺の碑は南部藩の七戸壺村にあり」とか記されていたりして、多賀城のものより比定するのに確度が高そうだ。

日本中央の字は大らかに描かれており、坂上田村麻呂が鏃で刻んだものではないにしても古代のロマンを感じさせるに十分だ。


野辺地手前では七戸と野辺地を繋いでいた南部縦貫鉄道のレールが、まだ草生す中に残っているのも、ひときわ侘しく見えた。

20080906南部縦貫鉄道s-.jpg


野辺地港で奥州街道で初めて海に出る。
ここまではひたすら内陸部で結構な山道も多く、海を見る感慨もひとしおだ。

20080906野辺地港常夜灯s-.jpg


野辺地からは今までとは一転して海岸沿いの道となる。
遥かここまで影響を及ぼしている戊辰戦争の跡や、津軽藩と南部藩の藩境塚などを見て、小湊宿で足を止めた。

20080906藩境塚s-.jpg


次に来るのは寒風吹きすさぶ冬の頃か。


posted by 遊戯人 at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 奥州街道(白河以北) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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