日本橋から水戸までの117kmで、昔は二泊三日だが梅雨と夏の暑さの合間にのんびりと。
日光街道で親しんだ千住宿で、見逃していた金蔵寺の遊女供養塔に手を合わせ、鴎外の旧宅も確認。
遊女供養塔は童女と彫られているものも多く、涙を誘う。
馴染みの道を、角に碑が建てられている荒川手前の分岐から水戸街道に入る。


直ぐに槍掛けの松で有名な清亮寺。山門の中村不折の字が味わい深い。

荒川に行く手を阻まれるが、川向こうには新築なった東京拘置所(旧小菅刑務所)が巨体を晒している。
蒲原重雄が設計し、表現主義の傑作と言われる旧館は保存されているものの、巨大な新館の間に挟まっていかにも肩身が狭そうだ。


小菅では煉瓦工業が盛んで、小菅刑務所の前身の小菅囚治監で作られた煉瓦は、明治時代の銀座、丸の内の建物に大量に使用された。
その時のものか、小菅刑務所の塀として今も存在し続けている。
シジフォスの神話のようだ。

綾瀬川を水戸橋で渡る。
水戸街道唯一の橋ということで水戸橋と名付けられたそうだが、他の川は全て船渡りか、徒歩渡りというのもやや頷けないところ。

亀有上宿の一里塚碑が、かなり勘違いの黄門様のご一行と共に建てられている。

新宿を過ぎて、柴又帝釈天へ寄り道し、矢切の渡しで江戸川を渡り埼玉県へ。
又取って返して東京都。
東泉寺南蔵院の縛られ地蔵、水元公園の今が盛りの花菖蒲は、少し街道を離れたが旅の道連れ。
この日は、寄り道づくしの水戸街道。
しかし寄り道が本筋に味わいを一層添えるのは、人生も街道も同じこと。


