2009年08月27日

水戸街道(その4:藤代宿〜土浦宿)

藤代宿から牛久宿へは曲がりくねった、かなり不思議な経路を辿るが、きっと昔は牛久沼がもっと大きくてその縁を通っていた道か。
その途中の若柴の金竜寺。一見変哲もない寺だが新田義貞の墓があるというので立ち寄った。
残念ながら、それらしいものは見つからず、後になって堂の裏手にひっそりと佇んでいたことを知る。
寺にも何の案内もなく、それも一つの見識だが、歴史上の有名人への扱いとしてはやや疑問。

この寺の昔の住職智雲が食後寝る習慣があって牛になり、恥じて沼に沈み、その沼が牛喰沼さらには牛久沼、というあまり有難くない由来もあるので遠慮しているのか。

牛久宿は小川芋銭の河童でも有名だが記念館はパスして、昔は牛久シャトーと言われた、シャトーカミヤに足を伸ばす。
シャトーカミヤの記事は→こちら

20090827金竜寺s-.jpg  20090827牛久河童s-.jpg


名前の由来が不思議な荒川沖宿では、屋根の曲線が美しい藁葺きの民家が残っている。中村宿を過ぎその名もゆかしい桜川を渡ると土浦宿。
彼方には筑波山も迎えてくれる。

 つくばねの峰よりおつるみなの川 こひぞつもりて淵となりける

20090827荒川沖民家s-.jpg  20090827桜川.JPG  20090827筑波山s-.jpg


枡形が多い土浦宿では、中城町付近に古い建物が集積している。
その活用も町おこしの一環に見受けられるが、かなり力不足だ。
平城で且水城の特徴を持つ土浦城を、思いのほか小規模な感を抱きつつ見物して、土浦を後にした。

20090827土浦町屋1s-.jpg  20090827土浦大徳s-.jpg  20090827土浦城s-.jpg


posted by 遊戯人 at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 水戸街道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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