2010年10月11日

岩城相馬街道(その9:大野〜小高宿)

大野駅から街道に戻り、ほどなく五郎四郎の一里塚。
不思議な名前だが、五郎から生まれた四郎が住んでいた土地だろう。

前田に入り、浜通りで尤も大きい杉と自称している稲荷神社の前田の大杉を見物。
目通り幹周り7.7m、高さ22mと。然しこの後これより大きな杉を沢山見かけたので、看板にかなり偽りあり。

20101010五郎四郎一里塚ss-.jpg  20101010前田の大杉s-.jpg


新山宿に入ると、モトケンダンという名前の雑貨屋がある。勿論モトケンダンは「元検断」で、とにかく屋号として残っているのは嬉しいところ。
合宿の長塚宿に入り双葉駅前に鄙にも稀な、美しいプロポーションのヴォーリス風の建物が眼を引く。旧三宮堂田中医院で昭和4年建築と。

20101010モトケンダンs-.jpg  20101010旧三宮堂田中医院s-.jpg  


鴻草集落に江戸時代の豪商大黒屋の屋敷がある、何故このような土地にという疑問が残る。
街道を少し外れて薬師堂の磨崖仏を見る。鎌倉時代のものとされているが、かなり明瞭な輪郭を残しており、お顔も微笑んでいるように見える。

20101010大黒屋-.jpg  201010鴻草磨崖仏s-.jpg


浪江宿手間で西行も訪れた高瀬の清水に立ち寄る。判りにくい場所にあり、入り口には何の標識もなく、小さな屋根が掛かっている。

 陸奥の高瀬の清水 来て見れば あほいのくきの下にこそあれ(西行)

その風情は感じられなかった。

浪江宿は度重なる火事に懲りて高野宿から水に因んだ浪江宿に改称したが、その甲斐なく安政にまた大火にあって全焼。
ためにこの宿は二つの街道筋が残っているが、見るべきものは殆どない。

20101010高瀬の清水s-.jpg


浪江宿を過ぎると、西陽にコスモスが美しく、程なく出口一里塚跡。

20101010コスモスs-.jpg  20101010出口一里塚s-.jpg


陽も落ちてきて先を急ぎ、大悲山の石仏群に着いた時はほぼ闇の中。
ここには薬師堂石仏、観音堂石仏、阿弥陀堂石仏がある。

阿弥陀堂の石仏は剥落してよく分らない。肝心の薬師堂石仏は大杉に眼を奪われて見逃した。
大悲山の大杉は目通り幹周り8.6m、高さ45mと解説されていたので、前田の大杉の比ではない。

20101010阿弥陀堂s-.jpg  20101010阿弥陀堂石仏s-.jpg  20101010大悲山大杉s-.jpg  


観音堂石仏はかなり巨大で保護のためか鞘堂が掛けられている。しかし、闇の中で十一面観音坐像とされる姿は定かではない。

20101010観音堂.JPG  20101010観音堂石仏s-.jpg


目にはさやかに見えねども、仏様に様々祈願をして闇の中を小高宿に辿りつく。


posted by 遊戯人 at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 岩城相馬街道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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