2011年09月10日

北国街道(その2:柏原宿〜二本木宿)

柏原宿の最寄は黒姫駅。駅前には一茶の碑があり、「蟻の道 雲の峰よりつゞきけん」。
この碑には、黒姫で自然保護に取り組んでいるC・W・ニコルの英訳も刻まれていた。
  The ant's path
  Doe's it not reach
  To yonder cloudy peak

黒姫山はその俳句の通り、残念ながら雲の中。

一茶通りを歩き、駅に程近い小丸山公園に。
ここには一茶記念館や、小林家代々の質素な墓があり、一茶もここに葬られている。
直ぐ隣には、立派な「俳諧寺一茶翁墓」と記された碑があるが、真新しく、一茶の菩提寺である明専寺住職の名前も記されている。
これは質素な一茶の墓としてはいかにも不似合いで、墓というよりか記念碑というべきか。

 辞世:露の世は 露の世ながら さりながら

20110910一茶句碑s-.jpg  20110910一茶通り.JPG  20110910一茶墓s-.jpg


街道を戻り、前回見逃した一茶の旧宅に足を運ぶ。小さな土蔵で明り取りの窓が一つある。
一茶は、俳句からイメージされる好々爺とは違い、腹違いの弟の仙六と遺産相続で12年間争い、最終的には遺言通り親の遺産を折半することで落着した。
受け継がれた家も、真中で仕切って弟と二家族が住むという徹底振りだった。

一茶の再晩年の6月に柏原で大火があり、一茶は焼け出され仮住まいの土蔵に移った。
小さな土蔵は地面に直接造られている囲炉裏一つでは、冬はさぞ辛かっただろうが、本当の寒さを迎える前に11月に亡くなった。享年64歳。

  是がまあ つひの栖か雪五尺

20110910一茶住いs-.jpg  20110910一茶住い囲炉裏s-.jpg


柏原宿には、村の鍛冶屋の歌そのままの仕事ぶりを、平成5年まで続けていた中村家の住宅が保存されている。
そこから少し行くと、信州打刃物の里らしく、今度はその歌のモデルとされているらしい方の子孫が建てた碑があり、傍らにこの歌の作者に関する情報を求める看板もある。
有名な歌だが、作者不詳ということだ。

20110910中村家s-.jpg  20110910中村家鍛冶場s-.jpg  20110911村の鍛冶屋碑s-.jpg


柏原宿を抜けると標高が700mを越えて、北国街道で一番高い地点になり、雲の峰の黒姫山を眺めながら歩くと、両塚が残る野尻一里塚。
「あとどもはかすみ引きけり加賀の守」の一茶の句が添えられていた。

20110910黒姫山s-.jpg  20110910野尻一理塚s-.jpg


野尻宿では、夏が過ぎて閑散としている野尻湖に立ち寄る。
芙蓉の花に似ているので、芙蓉湖とも言われるそうだが、どうだろうか。
ここはナウマン象が発掘されたことでも有名だが、発掘現場にには象の大きさとは裏腹の可愛らしいプレートが立っているだけだった。

20110910野尻湖s-.jpg  20110910ナウマン象掘地s-.jpg


宿のはずれの安養寺には、境内に御金蔵跡があり、中勘介が27歳の明治44年と翌年滞在して「銀の匙」の前編を書いた部屋が残されている。
寺からは、杉の木立で湖は見えないが、境内にいた方に話をうかがうと昔は杉も小さく湖面が良く見えたとの事。

20110910安養寺s-.jpg


国道のバイパスは信越大橋で一飛びに関川を越えるが、スノーシェードがある旧国道で関川に降りてゆくと、復元された木の太鼓橋があり、信越国境の関川の関所となる。
ここは道の歴史館となっていて、関所も復元されている。
丁度今年は北国街道400年ということで、あちこちで催しも行われている事をこの歴史館で知った。

20110910関川関所入り口s-.jpg  20110910関川関所s-.jpg  


関川神社の国の天然記念物の大杉や、スキー神社を見る。
日本で最も古いスキー神社だそうで一之宮を名乗っているが、ほかは何処にあるのだろうか。
消火栓も、とにかく雪に埋もれないように背が高い。

20110910天神社大杉s-.jpg  20110910スキー神社s-.jpg  20110910消火栓s-.jpg


白田切川を越えて田切宿に入る。妙高山から流れ出すこの辺の川は土地を深く侵食する田切地形を作り出し、同時に土地の名前にもなっている。
妙高からの湧水が多いせいか、街道沿いに水の音が絶えない。

妙高山の名前の言われも、諸説あって面白い。
「越の中山」と呼ばれていたものが、「名香山」あるいは「妙香山」と当て字されて妙光、妙高になったという説と、妙高山は別名須弥山とも呼ばれ、これはもともとサンスクリット語のスメールの音写で、その漢訳が「妙高山」「妙光山」という説がある。

豪雪地帯なので、建物の形が独特だ。1階がRC造の倉庫や車庫、二階以上に居住部分があり、屋根も殆どが切り立った落雪屋根となっている。
風土には適合しているのだろうが、決して美しいものではない。


20110910白田切川s-.jpg  20110910落雪建物s-.jpg


関山宿の関山神社は元関山権現で、関山宿自体がこの門前町だった。しかし町並みには古いものはあまり見当たらない。
妙高市と上越市の境の、上部だけ枝がある松の大木が珍しい。

20110910関山神社s-.jpg  20110910北沢一本杉s-.jpg


上越市に入ると、道路に融雪装置が備え付けられている。
この辺は消火栓も全て背が高く、あらゆるものが豪雪を前提として作られていて、表日本では想像出来ない冬の暮らしが思いやられる。

20110910散水設備s-.jpg


二本木宿の白山神社には石柱があり、「従是内、口附無之、小荷駄乗通るべからず、邑の内、咥きせる無用、二本木宿」と刻まれていると言うが判読できなかった。

珍しい現役のスイッチバックの駅となっている二本木駅は、レールを使った構造材と気の利いたピンクの色使いが美しい。
ここで打ち止めたが、黒姫からは殆ど下る一方で、日本海までなだれ落ちて行く気分がした旅だった。
日本海まであと僅か。

20110910二本木宿石柱s-.jpg  20110910二本木駅s-.jpg


posted by 遊戯人 at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 北国街道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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