2013年04月18日

大山街道田村道

大山から江ノ島に繋がる田村道は、大山に参拝した人々が帰りに使うことが多かった。
この道は江ノ島弁財天を詣でるが、それは片詣を避けるためとも言われている。
今までは大山街道は大山方向へ歩いたが、今回は慣わし通りに大山に背を向けて石倉橋からスタートした。ここは青山道との追分になる。

石倉橋周辺は県道603号線の整備のために仮囲いが設けられており、石像も移設されている。
腰掛不動と額の掛かった真新しい建物に、彩色も鮮やかな不動尊が祀られている。移築の際に新たに着彩されたのだろうか。

20130418石倉橋仮囲いs-.jpg  20130418石倉橋石像群s-.jpg  20130418腰掛不動尊s-.jpg


青山道との追分を過ぎて二の鳥居があり、鳥居を通して真正面に大山が見える。
この鳥居は関東大震災で倒壊し再建されているが、鳥居の向きが現在の道でなく、旧道に沿った方向となっており、交差点先の山王中学校沿いにその道が残存しているらしかった。

20130418青山道追分s-.jpg  20130418二の鳥居1s-.jpg  20130418二の鳥居-.jpg


直ぐ傍に国指定の登録有形文化財の旧代官の山口家住宅があり、旅人のために門を開放して水を供したという巽の井戸や、雨岳文庫資料館も敷地内にある。
日曜しか開館しておらず、外観を見る事しか出来なかったのは残念。

20130418山口家s-.jpg  20130418巽の井戸s-.jpg


伊勢原駅に近づくと歩道がレンガタイルとなり、花の鉢のための気の利いた支持台や綺麗に手入れされた花が植えられており、環境に対する市の姿勢が垣間見える。
 
20130418花鉢用台s-.jpg


伊勢原大神宮を詣でる。
伊勢原の地名は、伊勢の国の山田曾右衛門が大山詣の後、そのままこの地に住み着き、故郷の伊勢神宮を勧請・奉祭し、そのため地名も伊勢原となったと言う。

この神社には、銀杏、楠、欅の3本の御神木がある。
その一本の欅の枝が無惨に伐られており、境内をご奉仕で掃いていた方に伺うと、落ち葉のせいと言う。
落葉樹の落ち葉は当たり前の事だが、敷地外の住宅の樋に詰まるものを、ご奉仕の人が掃除していたが、皆高齢化して樋に取り付く高所作業が出来なくなって宮司が伐ることに決めたとの悲しい話を聞かされた。
人の寿命はせいぜい100歳だが、何百年も生き永らえるだろう御神木は無惨な姿と成り果てた。

20130418伊勢原大神宮s-.jpg  20130418伊勢原大神宮の欅s-.jpg


伊勢原駅前に立派な鳥居があるが、これは一の鳥居でもなく、この鳥居から伸びる道が大山道でもないと言う少し不思議な鳥居。

20130418伊勢原駅前の鳥居s-.jpg


駅を抜けて直ぐの、三福寺の子の権現社には草鞋が。八重桜の散る鉢には大賀ハスが植えられていた。

20130418山福寺子の権現s-.jpg  20130418三福寺蓮s-.jpg 


日向道との分岐の直角に折れるT字路に、地蔵が載った珍しい道標がある。
普通は大山道は不動の筈だがと思ってよく見ると、首から上が挿げ替えられている。この道筋で同じような道標を数点見たので地蔵信仰が強いのだろうか。

20130418地蔵道標s-.jpg


傍の八坂神社には入口に田村道の道標があり、境内にはご神木だった天王松の巨根が、往時の写真と共に屋根を掛けて保存されている。
目通り6Mの巨木だったそうだが、惜しくも昭和49年に枯れたとの事。まだ生きているのに枝を無惨に刈り払われた伊勢原大神宮の欅とは大違いだ。

20130418田村道道標s-.jpg  20130418天王松s-.jpg  20130418天王松写真s-.jpg


東円寺にある「こがの渡し舟つなぎ松」の碑を見る。
大きな川もないのに不思議に思えるが、この辺は今も水田のある低湿地で、昔は舟でないと渡れなかった事から東西に舟繋ぎの松があり、西が東円寺、東が小鍋島の長島にあったらしい。

レンゲ畑を眺めながら、下谷で豊田道と交差してから渋田川の自然堤防の上をのんびりと歩く道は長寛だ。

20130418舟繋ぎ松跡s-.jpg  20130418れんげ畑s-.jpg  20130418渋田川s-.jpg


旧田村十字路に十王堂や田村道の道標がある。
田村の地名は坂上田村麻呂がここに一時逗留した事から来ているといわれるが、この由来の地名も日本全国にある。
田村の渡跡碑を見てから、相模川を渡り寒川町に入る。

20130418田村の渡し跡s-.jpg  20130418相模川s-.jpg


一宮緑道として旧相模線支線が緑地化され、西寒川駅跡が八角広場として整備されている。
街道の左右に軌道跡もかなりの長さで残存して、少し前まではお祭りの時に列車も走らせたそうだが、今は何の説明版もなく置き去りにされていた。
枕木が一本一本割れを防ぐために、鉄輪が打ち込まれているのが興味深い。

20130418一宮緑道s-.jpg  20130418軌道敷s-.jpg


この先少しの区間、中原街道とラップしているが、勿論記憶にない。
新湘南バイパスを越えて暫く行くと、赤羽根神明神社があり、参道が新湘南バイパスと地上道に挟まれた空中参道となっている。

四ツ谷辻に大山不動一の鳥居が、更にお堂に大山不動の道標があり東海道方面から大山を目指す人には心強い。ここからは藤沢橋までは旧東海道と同じルートとなる。

20130418赤羽根神明神社空中参道s-.jpg  20130418大山不動一の鳥居s-.jpg  20130418不動道標s-.jpg


交通量の多い道を進み、メルシャンの少し先におしゃれ地蔵がある。
道祖神だが、女性の願い事を叶え、叶った時は白粉を塗ってお礼をすると言う事で、心なしかやや化粧が剥げ落ちている気配ではあった。

20130418おしゃれ地蔵s-.jpg  


藤沢の市街地に入ると、マンションの敷地に隣接して源義経首洗い井戸がある。
首実検した後、鎌倉打越の海岸に打ち捨てられた義経の首が境川を遡り、この付近で村人に拾われてこの井戸で首を清めたという。奥州街道平泉の高館と、藤沢は一繋がり。

20130418首洗い井戸s-.jpg


藤沢駅を越えると道も江の島道となり、杉山検校が立てた道標が要所要所に立っている。
一切衆生、二世安楽。

諏訪神社上社の長い階段からは、江の島方面が良く伺える。
密蔵寺は新四国霊場を創設しようと88体の弘法大師像を作ろうとしたが、関東大震災で中断。
それまでに製作された像が26体境内に並べられており、壮観だ。

20130418江の島道道標s-.jpg  20130418諏訪神社上社石段s-.jpg  20130418密蔵寺弘法大師像s-.jpg


さらに、常立寺にはフビライ・ハーンの国書を持って渡来した元の使者が処刑された事を弔う供養塔があり、その前には青い布が巻かれた五輪塔がある。
モンゴルは白と青の色を大切にして、青は英雄を意味するらしく、モンゴル出身の力士が巡業の折りにこの寺を訪れ青い布を巻いていると。

20130418元使者供養塔s-.jpg


江の島付近は見所が多く、日もとっぷりと暮れようとしているがようやく弁天橋に辿り着く。
この橋の歩行者専用部分は、最近強風時に係留していた漁船が衝突して橋桁を損傷して修復中で通行止だったが、橋からは遥々歩いて来た大山が薄っすらと眺められる。

20130418江の島s-.jpg  20130418弁天橋s-.jpg  20130418通行止s-.jpg


夜の帳も降りようとする頃、それでも最後はやはり江島神社の辺津宮に参拝して、風も強く見所多くて予想外の時間が掛かったが、今日の無事の街道歩きをお礼した。

20130418江の島弁天-.jpg


posted by 遊戯人 at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 大山街道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。