再び詣でて歩き出す。
西向天神では鳩の森神社に続いてこの街道二つ目の現存の富士塚があるが、立ち入り禁止となっている。
この境内には、太田道灌の「七重八重花はあれども山吹の みのひとつだになきそ悲しき」山吹の里伝説で有名な娘、紅皿の墓があり寂しげに花が手向けられていた。
道は戸山が原へ続き、ここは驚くほどの緑が残っていて、旧市内では最も高いといわれた箱根山がある。
海抜44m、残念ながら木が繁り、眺望は皆無。
道は早稲田の学生の闊歩する高田馬場を抜け、神田川に架かるその名もゆかしい面影橋へ。
名称は在原業平などに由来する説などがあるようだが、実際は名前負けする無粋なものなのは残念。

目白の宿坂の金乗院は江戸五不動の目白不動を奉っていて、それが目白の地名の由来。境内には丸橋中弥の墓もある。
都電の鬼子母神駅を過ぎて鬼子母神へ。ススキの穂で造られたミミヅクの郷土玩具でも有名だが、あいにく売っていなかった。
境内の小ささも意外。


池袋のサンシャイン脇を抜けて、王子へ進むと御成道となる。
この道は本郷で中山道から分岐して、幸手宿で日光街道に合流する。
その道の傍らに今度は十条富士塚。
ここは現在も6月30日、7月1日に祭儀が行われ、古来からの風習が生き続けているのは何となく嬉しい。

赤羽で今日二度目の登場の太田道灌の稲付城旧跡を見て、新荒川大橋を越え、ついでに川口まで歩いて一日を終える。

池袋以外は繁華街も少なく、結構な史跡もあり、かなり楽しめた今日の鎌倉街道中道だった。