2006年10月23日

一年ぶりの中山道(その4:鵜沼宿〜河渡宿)

4日目は、木曽川から長良川へと、濃尾平野を横滑り。

鵜沼宿には宿屋が無かったためやむを得ず泊った犬山で、国宝の犬山城を見学。
と思ったら、朝早くて城門も開いておらず、木曽川から白帝城と言われる優美な姿を眺めたのみ。

この城は平成16年まで日本で唯一、もとの城主成瀬家が個人所有、今は財団法人に所有が移っているものの本当のお殿様。

20061013犬山城s-.jpg


犬山ホテルに隣接して、現存する国宝茶席三名席の一つ、茶人なら知らぬものはない織田有楽斎の如庵がある。
ここも残念ながら、時間前で門のみ拝見する。

20061013如庵s-.jpg


足を元に戻し、鵜沼宿へ。
ここは明治24年の濃尾地震で殆どの建物が被災し、歴史的なものはあまり残存していないが、それでもその後再建された元の脇本陣を営んでいた坂井家の分家などは、往年の佇まいを感じさせる。

20061013坂井家分家s-.jpg


近くの津島神社には皆楽座と言う回り舞台をもった拝殿がある。この手のものは街道を歩いていると、あちこちにあるが大部分は打ち捨てられている。

ここの農村舞台は立派に活用されていて、地方文化の伝承にかける人々の取り組みが力強い。

20061013皆楽座s-.jpg


鵜沼宿を出ると、新加納を過ぎ退屈な国道歩きが続く。
ようやく今の岐阜市、加納宿に入る。
国道は繁華だが、昔の街道は対比的に人気のない侘しい姿をさらしている。
本陣跡も僅かに石碑が一つ残るのみ。

20061013加納宿s-.jpg  20061013加納宿本陣跡s-.jpg


意外と見ものが少ない加納宿をやり過ごし、清流長良川を渡って河渡宿へ。

2061013長良川s-.jpg


河渡宿は大河に近い宿場のご多分に漏れず、洪水の被害夥しく、文化10年、幕府からの貸付金によって5尺の土盛りがされたという。
町の姿はここも人っ子一人現れず、寂しい。

20061013河渡宿s-.jpg


次の美江寺宿まで行く予定が、やや時間切れとなり途中エスケープして、JR穂積駅から帰路につく。

今回はここで一段落。
草津まで残る宿場は13宿、距離的には90KM程度。年内あと一回旅に出て、予定通り五街道完歩したい。


posted by 遊戯人 at 16:41| Comment(2) | TrackBack(0) | 中山道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はじめまして。

私も街道歩きを生業としています。
一足お先に五街道を歩き終わり、
今は東京近辺の旧街道を歩いています。

中山道、なつかしいです。
今後も楽しみにしています。

いろいろ余計なことも書いてありますが、
私のブログも街道歩きがテーマです。
よろしかったら是非ご覧下さい。
Posted by 永遠の美少年 at 2006年10月23日 22:30
HP拝見。

色々見回して、中山道の記事はどうも見たことあると思ったら、何回か検索で訪問していました。

雪の木曽路など、そうとう数寄ものでないとと、感心仕切りです。

日々のBLOGと東海道、中山道の一まとまりものと使い分けされていたり、二輪もあったりパワフルな行動で、全くてんこ盛りですね。

これから、時々お邪魔させていただきます。

Posted by 遊戯人 at 2006年10月24日 16:12
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