場所:太田宿祐泉寺
天明6年(1786)〜天保11年(1840)
前人未到であった槍ヶ岳の開山者として、山好きで知らぬものはない念仏僧。
笠ヶ岳も開山している。
またすぐ隣には明治二十七年、名著「日本風景論」で近代登山を提唱した志賀重昂の墓もあり、この二人の墓が並置されているのも偶然か、必然か。
ラベル:播隆上人
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確か入口が街道側ではなく、木曽川側にあって、
変わった入口の寺だと思った記憶があります。
もしかすると、当時寺が工事中だったからかもしれません。
播隆上人も志賀重昂も、当時の私にとっては知らない人でした。
志賀重昂は日本ラインの命名者だと直後に知りましたが、2人とも山に関わりの深い人だったのですね。
街道側には勝手口的なものがあったような無かったような。
そう言えば不思議です。