2007年01月11日

中山道打上旅(その2:赤坂宿〜醒井宿)

二日目は、早朝赤坂に戻り、眠い眼をこすりながら日の出とともに歩き継ぐ。

まずは、中山道唯一の現存する御茶屋屋敷跡を拝見。
牡丹の名所だがあいにく寒牡丹は霜枯れて終わってる。

20070111御茶屋屋敷.JPG


善光寺如来の由来を残す昼飯町辺りには、照手姫の史跡が多く、相模から流れてきたとか。
伝墓、水汲み井戸など拝見。

美濃国分寺の壮大な遺跡跡に寄り道する。
礎石が1300年前の栄華を髣髴とさせ、かえって見えぬものへの想像力を飛翔させる。

20070111美濃国分寺.JPG


次の垂井宿では、歌枕の垂井の泉を拝見。
 「葱白く洗いあげたる寒さかな」 芭蕉

20070111垂井の泉.JPG


関ヶ原近辺になると松並木が整備され、家康の最初陣地桃配山には幟がたつ。

20070111家康陣地縦.JPG


町自体は昔の面影は無いが、宿場内には東首塚と西首塚が。
塚の周りには、関ヶ原合戦でのもののふ達の怨霊が今も漂うようだ。

20070111東首塚.JPG


この辺から、壬申の乱や平安時代の戦乱にちなんだ史跡も数多く現れ、一層寂寥の感が増す。
昔日の趣は無く珍妙な庭が造られているが、まずは歌枕でも有名な不破の関。

 「人住まぬ不破の関屋の板ひさし 荒れにしままにただ秋の風」
                    藤原良経 


不破の関


壬申の乱の戦乱のあと、その名も不気味な黒血川を過ぎると、ひっそりと打ち捨てられた、義経の母常盤御前の墓に遭遇する。

 「義朝の心に似たり秋の風」 芭蕉

常盤御前墓


鄙びた今須宿外れには、二条良基が不破の関を訪れようとして、葺き替えを知り牛車をもどしたという車返しの坂。

「葺きかえて月こそもれぬ板ひさし とく住み荒らせ不破の関守」
                       二条良基

風雅の極みです。

車返しの坂


溝一つで美濃と近江が分かれる寝物語の里に入ると、柏原宿。
宿には伊吹もぐさの本舗の伊吹亀屋左京が、まだ残って営業している。

寝物語の里


中世の関所跡の小川の関跡をすぎ、ひたすら歩くと高速道路と鉄道にはさまれた醒井宿に着く。
町は居醒の清水などのある清らかな流れに沿って、水の宿の美しい佇まいを見せていた。

醒井宿  居醒めの清水


次の宿の番場宿の交通の不便さのため、醒井宿で今日の旅を終える。


posted by 遊戯人 at 23:00| Comment(0) | 中山道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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