2007年01月12日

中山道打上旅(その3:醒井宿〜武佐宿)

三日目は、醒井宿から武佐宿までの40KM近くの長丁場。
当初から、日暮れまでに目的の武佐宿まで間に合わないので、走りを入れる事を覚悟で、またも日の出と共に醒井を立つ。

番場宿では架空の人物、番場の忠太郎が有名だ。
聖徳太子建立といわれる蓮華寺には、架空でない元弘3年、南北朝の争いで北条仲時以下432名が自刃し、裏山にはそれらの墓碑と言われる無数の五輪の塔、山門前には血の川と名づけられた川がある。
ここにも血なまぐさい歴史がある。

蓮華寺


道は程なく登りとなり、磨針峠。
中山道一の眺望を誇ると言う望湖堂からはあいにく、琵琶湖は霞の中。

磨針峠


峠を下り終わると鳥居本宿に入り、彦根市のモニュメントが迎えてくれる。

彦根モニュメント


宿には赤丸神教丸本舗が、大店舗でまだ営業を続けている。

赤丸神教丸本舗


街道から外れて2kmほど行くと彦根城だが、又の機会を楽しみに先を急ぎ、高宮宿へ。ここは比較的宿場の面影を残しており、多賀大社への一の鳥居が見事。

20070112多賀大社一の鳥居.JPG


愛知川宿手前は保存問題でゆれている、ヴォーリス設計の豊郷小学校がある。

20070112豊郷小学校.JPG

すでに新しい学校は裏手に造られて供用されているが、いかにも今風の安っぽさだ。

この辺は近江商人が輩出し、伊藤忠・丸紅の創始者の屋敷跡などあり。

20070112伊藤忠生家.JPG


”平将門この場所にて歌につまり倒れし”と言う歌詰橋を渡ると愛知川宿。
明治時代のものを模した「書状集箱」が郵便局の敷地にあり、ポストとして使われている。遊び心。

20070112愛知川宿ポスト.JPG


五個荘は近江商人の発祥の地で、てんびんの里と銘打っており、豪勢な屋敷が多く残る。

20070112天秤の里像縦.JPG

てんびんの里の美術館など見学しているうちに時間が過ぎ、近江路の日の入りと競うように先を急ぐ。

20070712夕陽.JPG


何とか人気の無い武佐宿にたどり着き、一寸寄り道してねぐらの近江八幡へ向かう。見所多いが長い一日だった。

20070112武佐宿縦.JPG


posted by 遊戯人 at 23:00| Comment(0) | 中山道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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