2013年02月14日

大山街道保土ヶ谷道

大山街道のバリエーションルートのこの道は相州道とも言われて、東海道の保土ヶ谷宿の手前芝生追分から分岐して海老名で大山街道青山道に合流する。

和田町から芝生追分までは所謂絹の道とも言われる浜街道を歩いた時に経験済みなので、今回は和田町から歩き始める。
和田町からの道は「水道みち」と名付けられており、津久井村から野毛山の浄水場まで44kmを導水管の工事の為に道が作られた。この道は途切れ途切れだが部分的に残存しており、いつか繋いで見たい道ではある。

星川に、斜面マンションと車の夫々が斜に構えた偶然だが見事にそろえたような景観があって、つい見とれる。
急坂を上る途中に、西谷浄水場のメモリアルポケットパークとして味のある量水器室が保存されている。

20130214水道みち標識s-.jpg  20130214斜面マンションs-.jpg  20130214量水器室s-.jpg


坂を登りきった所にある西谷浄水場には横浜の水道に関しての水道記念館が建っており、歴史や現状の一通りの事柄が分るようになっている。
また、敷地内には味のある登録文化財の濾過池整水室上屋などがあり、これは現役で使われているようだった。

20130214水道記念館s-.jpg  20130214整水室s-.jpg


保土ヶ谷高校の脇を通り街道らしくない雰囲気の住宅地の中を下ると三反田で、そこにある稲荷神社の社を覗くと「大山」と書かれた菅笠がある。国定公園とも書かれている。大山登山の記念で奉納したものだろうがこの街道を使って行ったのかどうかが気に掛かる。

20130214住宅地s-.jpg  20130214三反田神社s-.jpg  20130214菅笠s-.jpg


この辺は横浜市旭区なのだが、旭区には「あさひ散歩」というパンフレットがあり、その中でも道筋が相州道として紹介されている。
六十六部供養地蔵を過ぎると、新幹線を越え、以前歩いた鎌倉街道中道と交差する。
二俣川に近づくと、「たばこ小賣所」の看板を掲げたレトロな煙草屋が見受けられる。

20130214供養地蔵s-.jpg  20130214鎌倉街道s-.jpg  20130214たばこ小売所s-.jpg


二俣川からは尾根筋の道となり、三ツ境を越えて今度は中原街道と二ツ橋で交差する。
ここには「右八王子往来、左神奈川往来」と彫られた真新しい石碑がある。
この地点は、直線で結べば単純なのにわざわざ三角形の二辺を取る道筋となっており、謎。

20130.214二つ橋道標s-.jpg


瀬谷センターの前に「県下新住宅地十佳選当選記念」の記念碑がある。
昭和5年に当時の横浜貿易新聞社が主催して県内の住宅地の人気投票を行ったもので、一位が東横線の白幡丘住宅地だったという。これは今の白楽あたりだろうか。
しかし、昭和5年の時点で瀬谷が住宅地として知名度があったとは意外なこと。
境川手前で、今度はこれも歩いた鎌倉街道上道と交差する。

20130214瀬谷住宅地碑s-.jpg  20130214鎌倉街道上道s-.jpg


行方を厚木基地に阻まれて道は大きく迂回し、基地を分断しながら続き外国のような景観となる。
厚木基地では、まほろば国際マラソンというマラソン大会が毎年基地内で行われていたが、9.11を機に中止されたままになっている。最近はレース復活の動きもあるようだ。
基地内レースはコースが単調だったが、いかにもアメリカンな陽気な雰囲気が思い出される。

20130214厚木基地傍の道s-.jpg  20130214厚木基地ゲートs-.jpg


基地を過ぎて東名高速を越え目久尻川へ向って下ってゆく。この辺は旧道が残っている。
夕暮れ時になり大山も見え始め、伊勢山自然公園付近で青山道と合流し、何年かぶりにビナウォーク内の国分寺の七重の塔のミニチュアを見て終わる。

20130214大山s-.jpg  20130214七重の塔s-.jpg


街道で慣れ親しんだ地域だが、歩けばやはり初めて知る事も多く、又別の大山街道が楽しみだ。


posted by 遊戯人 at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 大山街道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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