2007年05月23日

禁断の奥州街道(その4:一関宿〜金ヶ崎宿)

一関宿〜山目宿〜前沢宿〜水沢宿〜金ガ崎宿と北上する。

一関宿を出て山目宿では日本百庭園で有名という配志和神社に詣でる。姥杉とも千年杉といわれる杉が見事。

20070523姥杉s-.jpg


昨日見学した中尊寺入り口では見落としていた、武蔵坊弁慶の墓。

20070523弁慶墓s-.jpg


奥州街道ではずっと一緒だった、芭蕉の行跡とは平泉で袂を分かつ。
衣川を過ぎると史跡も減り、淡々とした街道歩きとなるが、例によって新しく出来た道に迷わされ、起きる筈のない道迷いしばしば。

北上川の堰堤がずっと改修されており、巨大土木工事を正当化するための台風の水位の掲示がわざとらしい。

台風跡水位s-.jpg


前沢宿では、今は前沢牛が有名だが街道筋では、気の利いた店など見出せず水沢宿へ急ぐだけ。
水沢宿は昔の蝦夷の酋長、アルテイの本拠地。
偉人の町とも言われ高野長英、後藤新平、木村栄などが輩出している。
街並みも清潔で活力があり、ありがちな街道の街の侘しさとは無縁だった。

新潟地方には多い雁木つくり風アーケードを、突然変異的に水沢で見たのは意外。それも全て雁木の上にも住居スペースがある造りこみ式雁木。

20070523水沢雁木s-.jpg


金ヶ崎近くの、胆沢城の跡は僅かに土盛りを残すのみで、坂上田村麻呂とアルテイの戦いは茫々たる草莽に埋もれていた。

20070523胆沢城s-.jpg


夕なずむ栗駒山と鏡田に映る陽を見ながら、この日を終えた。

20070523栗駒山s-.jpg


posted by 遊戯人 at 23:00| Comment(0) | 奥州街道(白河以北) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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