2007年09月09日

禁断の奥州街道(その8:杉田宿〜二本松宿)

行きと帰りで11時間、18切符使いきりの奥州街道はかなり乗り疲れ。

二本松宿自体は例に漏れず、戊辰戦争で殆どの建物が被害を受けて昔を示すものは皆無。
街道から足を伸ばして見学し、山麓によく霞がたなびいたので霞ヶ城とも呼ばれた二本松城もそのとき焼失。僅かに再建された箕輪門と本丸の石垣だけが往時の巨大さを偲ばせる。

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これも街道を外れるが、芭蕉も足を伸ばした謡曲でも有名な安達が原の黒塚。
 陸奥の安達が原の黒塚に 鬼籠もれりと言ふはまことか
                    (平兼盛)

いまもおどろおどろしい岩屋の佇まいは、平安時代の怨霊が生きているようだ。鬼が籠るの今も昔も岩屋でなくて人の心にか。

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街道にもどって、智恵子抄の智恵子の生家に立ち寄る。
記念館が併設されているが開館時間に間に合わなかったのは、鬼の祟りに違いない。

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 あれが阿多多羅山
 あの光るのが阿武隈川

安達太良山も昔の郡司の安達太郎をその子供が安達太郎山明神として奉ったことが謂れと言う事を知る。
安達太良山は残念ながら、終始霞の中。

安達駅から長い帰路につく。


posted by 遊戯人 at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 奥州街道(白河以北) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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