2007年12月15日

身近な街道大山街道(その1:赤坂見附〜三軒茶屋)

11月末から奥州街道の渋民村から先を歩き継ぐ予定が、思いがけない早い冬で、東北はすっかり冬景色となり、さすがに断念する。

その代わりに、「近くて良き山」は谷川岳だが、近くて良き街道は無いものかと見回すと、身近にあったのが大山街道、別称矢倉沢往還。

大山街道は赤坂見附から丹沢の大山山頂まで、70km程度の短い街道だが、昔から大山詣でで栄えていた。
現在は、川崎市の溝口付近では町おこしで、大山街道フェスタというものも開催されている。

一気に歩き切らないで、年末年始の小春日和にのんびりと歩きたい。
まずは赤坂見附から。

20071215赤坂見附s-.jpg


赤坂見付けの交差点近くには、鹿島建設の本社ビルがある。
シンプルだが設計者の理念が伺える好作品だった。少し違和感を感じて通り過ぎたが、何と一つは今年の7月竣工の新本社ビル。もう一つは解体工事が開始された旧本社ビル。
見た目はデザインを継承したようだが、似て非なるものでプロポーションの差と安易な造形は一目瞭然だ。

20071215鹿島s-.jpg

ちなみに正方形グリッドのフレームが新本社、長方形グリッドのものが旧本社。

少し歩くと高橋是清の記念公園がある。ダルマ宰相で有名だが、アメリカで奴隷になり、ペルーで山師まがいのことをしたりと、まことに今のサラリーマン首相とは桁違いの波乱万丈の人生だった。
しかし最後は2.26事件でこの地で殺された。
自伝も読み掛けのまま。

20071215高橋是清s-.jpg


黄葉が遅れて、神宮外苑前ではまだ落ちきらない公孫樹の黄葉が美しい。
ここの銀杏は実生で丁度樹齢99年、人なら白寿で目出度いことだ。
絵画館に向かって、距離感を強調するため樹高を24mから17mに徐々に下げている。何のためにか。

20071215神宮銀杏s-.jpg


表参道の隈研吾設計のone 表参道の木製ルーバーはまだ健在だ。
これが巨大化して白くなると、サントリー美術館のルーバーに化ける。

20071215one表参道s-.jpg  suntory_02.jpg


宮益坂にはビル屋上の御嶽神社。狛犬は狼で、狛狼と言うべきか。
御嶽神社と名の付くものは多いが、いずれも日本武尊伝説などに関係して狼の狛犬が見られるようだ。
調べだすと深入りしそうなので、見るだけに留める事にする。

20071215御嶽神社狛狼s-.jpg


道玄坂を登るとマークシティへの入り口に、流麗な筆の与謝野晶子の碑がある。
このそばに鉄幹と住んでいたとか。
 母遠うて瞳したしき西の山 相模か知らず 雨雲かかる

百首屏風もいつか見てみたい。

20071215与謝野晶子碑s-.jpg


上目黒の氷川神社で、初めて古い大山道の刻まれた道標を目にする。
正面に、「大山道 せたがや通 玉川通」、右側面に「右 ひろう めぐろ 池がみ 品川みち」、左側面に「左 青山 あざぶみち」
まだ、都内に道標が残されていることに、何となくほっとする。

三軒茶屋で旧道と新道の分岐があり、不動明王を乗せた立派な道標が鎮座していた。

134054s-.jpg

歩いたのは10kmにも満たない短距離だが、近くてよき道に満足して、ここで一日目を打ち止めた。


posted by 遊戯人 at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 大山街道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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