2008年03月05日

禁断の奥州街道(その11:白石宿〜槻木宿)

昨年の早い冬ですっかり御無沙汰していた奥州街道を、久しぶりに歩き継ぐ。
丁度この日は啓蟄で、閑をかこっていた足も眼を覚ます。

白石宿、宮宿、金ヶ瀬宿、大河原宿、船迫宿、槻木宿の6宿を折からの蔵王颪の寒風に悩まされながら。

まず白石では、列藩同盟の舞台となった白石城へ。
平成7年の復元だが、三層の天守は意外と小規模だ。
街中にある英語で書かれた東京街道の碑が珍しい。

20080305白石城s-.jpg 20080305東京街道碑1s-.jpg


白石は東北では珍しく、公共施設にデザインされた建物が多い。
芦原太郎の白石市第二小学校、八束はじめの白石市情報センターなどは街道からも見て取れるが、使いやすさはどうか。

20080305白石市第二小学校s-.jpg


この地方には日本武尊に由来するといわれる白鳥信仰があり、白鳥大明神を奉る、宮宿の刈田嶺神社の白鳥の碑も珍しい。

20080305白鳥碑s-.jpg


金ヶ瀬宿入り口では、東北では珍しいと言われる鉄の鳥居を持った大高山神社。
この辺から白石川沿いに一目千本桜が続くが、これから来ることがあるかどうか。

20080305大高山神社鉄の鳥居s-.jpg


昔の川の流れが変わったか、街道筋として不可解な逆U字型の道筋の船迫宿を過ぎて、すっかり暗くなり一日悩ませた蔵王颪に別れを告げる。
何故か、町の規模に不釣合いに近代的な槻木駅で一日を終えた。

20080305蔵王s-.jpg 20080035槻木駅s-.jpg


posted by 遊戯人 at 23:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 奥州街道(白河以北) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
船迫宿 この地名はなんと読むのでしょうか?
船岡から白石川を渡ったところですね。船岡は(1945年まで住んでいました)よく知っておりますが、川向うは2〜3回(松油掘りに付いて行きました)行っただけでよく知りません。よろしく、お教え下さい。
Posted by わき at 2011年01月31日 19:10
わきさん

船迫宿の読み方は調べれば、すぐわかると思いますが「ふなばさま宿」と読みます。

東日本には迫をハザマ、ハサマと読むところは多いようですが、バサマと読むのは珍しいですね。

Posted by 遊戯人 at 2011年02月01日 18:56
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