2005年11月17日

日光紅葉狩り:日光街道を歩く(その6-最終日)

昔の人はたったの3泊4日で歩いた日光街道、結局6日かかり、今日が最終日、今市〜鉢石(日光)の旅。

今市でまず報徳二宮神社を訪れると、何と今日が尊徳の命日で、賑々しく祭礼が行われている。
墓は二宮の二宮神社でなく、ここ今市にあることも初めて知り、まずは参拝。

20051117今市報徳二宮神ミ.JPG

街道は杉、杉、杉のオンパレード。見所はひたすら杉並木のみ。
七本杉痕、並木太郎、銀杏杉などの名物を見ながら、整備されて歩くことの心地よさを満喫する道をゆく。
(七本杉痕)
  ↓
20051117 7本杉.JPG

最終の鉢石宿、由来の鉢石を見て修復なった神橋から、東照宮陽明門は数十年ぶりだが、眼を欺く絢爛さは変わらない。

20051117陽明門.JPG

昔から公開していたか記憶の無い、奥社の家康公の墓を見て山を下る。
西陽を浴びて輝く黄葉が美しく、神橋の朱と競い合い、首尾よく紅葉狩りの目的を果たす。

20051117神橋n.JPG

日光街道の旅の終わり。
旅の終わりは次の旅の始まり。次は木曽路か奥州か。

・・・・to be continued


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2005年11月08日

日光紅葉狩り:日光街道を歩く(その5;宇都宮宿〜今市宿)

日光街道も5日目に入り、宇都宮宿、徳次郎宿、大沢宿、今市宿と歩く。

宇都宮で少し奥州街道に入って旧篠原家住宅を見に行くが、あいにく修理中で仮囲いの中。
市内で宇都宮のいわれのもとの「下野一ノ宮の」二荒山神社を拝んでから追分に戻る。

20051108宇都宮二荒山神ミn.JPG

大谷が近いために大谷石造りの現役の住宅や、蔵が多く見受けられ興味をそそる。

20051108大谷石住宅.JPG

徳次郎宿の近くから杉並木が現れ始め、大した名物は無い代わりに一里塚を目当てに歩き続ける。
杉並木は国道119号線となっているが、大部分わき道が付いており、完全に旧道だけの部分もあり、道が「気持ち良く走ってくれ」とささやく。
誘惑に負けて、おいしい所だけつまみ食いして今市までの間で10km程度をマラニック。

20051108日光杉並木n.JPG

あとは今市〜鉢石(日光)のみ。最後の楽しみを残し寸止めの形で帰路につく。
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2005年11月05日

日光紅葉狩り:日光街道を歩く(その4:小山宿〜宇都宮宿)

本日は小春日和のぽかぽか陽気、小山宿から新田宿、小金井宿、石橋宿、雀宮宿、宇都宮宿と6宿を歩き継ぐ。

小山に降り立ち、先日夕暮れのため見損なった有名な小山評定の地に未練を持ちつつ街道へ。

街道沿い殆どの一里塚は保存され説明があるが、新田途中の喜沢一里塚は林の中に打ち捨てられ、解説の看板もない。
町や市の姿勢か、これはこれで珍しい扱い。

逆に小金井宿では日光街道で初めて見る立派な一里塚が双対して残っており、国の史跡に。

20051105小金井一里塚.JPG

石橋宿では将軍の御殿所だった開運寺の、銃眼のあるが白塀が珍しい。

20051105石橋開運寺.JPG

雀宮宿の雀宮神社あたりで、ようやく日本橋から100kmを超える。

20051105-100K道標.JPG

宇都宮まで、陽の入りと競争しながら自衛隊の駐屯地を二つやりすごして急ぐ。
市内奥州街道との追分は、とっぷりと闇の中。

20051105奥州街道追分.JPG

なぜかジャズの街を標榜しているアーケードを抜けて、駅前にたどり着き、名物の餃子が今日の打ち止め。
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2005年11月03日

日光紅葉狩り:日光街道を歩く(その3:栗橋宿〜小山宿)

紅葉狩りに先回りした日光から、又歩き旅に復帰。
今日は栗橋、中田、古河、野木、間々田、小山と歩き継ぐ。

街道筋から離れた栗橋駅前に、何と静御前の墓。
巴御前は生を全うし墓は木曽の生まれ育った村の中だが、静御前は奥州への義経を追った旅の途中で悲報に遇いそのまま病んだもの。
何の脈絡も無く唐突に墓のみがあり、歴史上の著名女人にしては異な雰囲気。

20051103静御前墓.JPG


又栗橋には関東三大関所の栗橋関所もあるが、これは侘しく碑と立看板があるのみ。この辺も東海道や中仙道と違って良くも悪しくも資源化されていない状態。

20051103栗橋関所.JPG


古河宿、旧城下町のた歴史もちらほら残り、市自体もそれを活用しようと言う姿勢が伺え、こじんまりとした雰囲気のよい街。
本人の人となりよりも、渡辺崋山の肖像画で有名な鷹見泉石の邸宅などを見る。

間々田宿は日光と江戸の中間点、18里に逢の榎。
まだ中間点?この街道は4号線歩きが多いため心理的な距離が長く感じられる。

20051103逢の榎..JPG


この辺で雨となり、街道途中の西堀酒造で「門外不出」なる剛毅な名前の利き酒をして身体を暖め、雨に煙る小山より帰路に着く。
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2005年10月30日

日光紅葉狩り:日光街道を歩く(その2:越谷宿〜栗橋宿)

昨日は雨で停滞。今日は越谷、粕壁、杉戸、幸手、栗橋と5宿を歩く。

それぞれの町に古い商家が散見されるが思ったほど多くない。
町から町の間は殆どが4号線歩きで、気候も良く、見るべきところが無い部分はマラニック風に走りも入れて通り抜ける。

粕壁はずれの小渕観音院に場違いな感じの芭蕉碑「ものいえば 唇寒し秋の風」

20051030芭蕉碑.JPG

街道沿い旧家の随一は杉戸の渡辺家。垣間見える黒塗りの土蔵は豪快そのものだが、個人邸のため道路からしか伺えないのが残念。

20051030杉戸渡辺家.JPG

幸手の古利根川の権現堂の桜堤、秋色暮景の川面を見つつ栗橋に入り、街道からかなり離れた駅より帰路に着く。

20051030権現堂夕景.JPG

本日は歩行距離36km、走行距離8km、合計44km。
しかし芭蕉は二日目は粕壁宿から栗橋宿の4つ先の間々田宿までの7宿39kmを歩いている。
とても追いつきそうに無い。
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2005年10月28日

日光紅葉狩り:日光街道を歩く(その1:日本橋〜越谷宿)

紅葉前線南下中。
日光中禅寺湖はやや盛りを過ぎたが、いろは坂は来週が見ごろとか。

ということで、歩き旅で日光街道を巡り、紅葉狩りに行くことにする。
おなじみスタート地点の日本橋は、東海道、中山道に続いて3回目の旅立ち。

20051028日本橋.JPG

日光街道21宿140km。
芭蕉46歳と言えど、奥の細道、千住から日光まで4日間で歩いており、名所旧跡立ち寄っているので、その健脚ぶりは中々のもの。

都内、少し迷い、回向院の吉田松陰の墓など見つつ、千住宿へ。
素盞雄神社の芭蕉の碑で、よく見かける画を見つける。

20051028芭蕉姿碑.JPG

マラソンでなじみの荒川を渡り、草加宿へ。このあたりで古い商家がちらほら見受けられるようになる。いわずとしれた煎餅屋多し。

町をはずれて、日本の道百選に選ばれ、色々碑も多い綾瀬川ぞいの松並木公園に沿って歩く。

20051028松並木公園.JPG

埼玉県唯一の一里塚の蒲生の一里塚で日没となり、帰路に着く。
本日の歩行距離丁度30km。
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