2006年06月17日

奥州街道を歩く:最終日(寄居宿〜白河宿)

最終日は梅雨の合間の僅かな晴れ間を狙って、前回の寄居本郷から奥州街道の終着点白河まで。

どこもそうだがJRを外れると街道歩きの不便さは尋常ではなく、一日たった一便しか出ていない町営バスで寄居本郷へ。

のどかな道を歩くとすぐに関八州と奥州を分ける峠に差し掛かり、栃木側と福島側にそれぞれ境明神がある。ここを過ぎると本当の奥州路。

20060617境の明神.JPG


能因法師の歌でも有名な白河の関は、ここからは離れているが今は公園風に整備されてしまって風情はないとか。

すぐに白坂宿となり、そこを抜け一般庶民に開放した日本最古の公園といわれている、藩主松平定信が作庭の南湖公園に寄り道。
灌漑用水は分かるが、藩士の水練場も目的と言う豪気さで、200年を経ても風雅は失っていない。

20060617南湖公園.JPG


終着点白河宿では戊辰戦争の爪あとが深い。
小峰城も落城焼失したが、現在は再建されその美しいプロポーションを示している。

20060617小峰城.JPG


宿中に小原庄助のものといわれる徳利を擬した墓があり、戒名米汁呑了信士。
辞世:朝によし昼になほよし晩によし 飯前飯後その間もよし

20060617小原庄助墓.JPG


奥州街道は官制の街道としては白河で終わるが、広義の街道はその先は延々と津軽半島の三厩まで続く。
とりあえずは途上の中山道に戻り、これはまた何時の日かの宿題。

小原庄助に習い、旅後なほよし と一献傾けた。


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2006年05月21日

奥州街道を歩く(その3:大田原宿〜寄居宿)

ようやく晴れた日曜日、今度は北へ足を向け奥州街道へ。

街道は丁度田植えの季節。水田の幾何学的な苗の整列が美しく、左手には那須連山、右手には八溝山の景色を楽しみなが進む。

20060521田園風景.JPG


奥州街道は源平の伝説も楽しみだ。
那珂川手前の鍋掛宿の神社で、後三年の役で源義家が神社の坂を愛馬で駆け上り、勢いあまって石に残したという蹄跡など見学。
蹄というにはやや小さいか。

20060521愛馬蹄石.JPG


芦野宿は名物見所多く、まずは有名な丁子屋の鰻に足を運ぶが残念ながら準備中。

次は歌枕で有名な遊行柳。
謡曲「西行桜」に対比しての謡曲「遊行柳」。
西行の、「道のべに清水流るゝ柳かげしばしとてこそ立ちどまりつれ」
芭蕉の「田一枚植て立去る柳かな」
今も訪れる人が絶えず、丁度今も田植えの頃、時空を越えて西行、遊行上人、芭蕉、蕪村の感慨が偲ばれる。
残念ながら早乙女がいなかったのが玉に瑕。

20060521遊行柳.JPG


今日ものんびり歩きすぎ、芦野宿からはどこの駅にも10km位。
勿論バスの便は無く、間の宿寄居宿から横にそれ、禁じ手の走りを入れ、駅前に建物一つ無い、何故ここに駅がと不思議に思える暮れなずむJR豊原駅にたどり着く。

20060521豊国駅.JPG

歩行距離27.5km、ランニング距離8.8km、合計36.3km。
さすがに疲れが残ります。

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2006年04月07日

奥州街道を歩く(その2:喜連川宿〜大田原宿)

今日は東へ明日は西へ。

春まだき、ということで放っておいた奥州街道へ、ようやく二度目の腰を上げる。

喜連川は明日から桜祭りだが、ご多分に漏れず寒さでまだつぼみ。

前回夕暮れで見逃した、御用掘りや寒竹囲いを見てから歩き始める。
寒竹囲いは六代城主茂氏公が、寒竹はざるなどの原料に使えるという事で藩士の生活の一助となることを考えて奨励したという。

20060407喜連川寒竹囲い.JPG


JRが始終宣伝している「びゅうフォレスト喜連川」が、街道沿いに見えるがあまりに何も無くて、終の棲家には難しそうだ。

この辺の奥州街道は地方道なので比較的のんびりと歩け、佐久山宿辺りは心のやすらぐような田園風景が続く。

20060407田園風景.JPG


佐久山で樹齢800年の欅など見て、間の宿八木沢を通り、淡々とした道を太田原へ。
途中、歴史の著名人、那須与一にちなんだ案内が多い。

135801.JPG


大田原の城下に入る西の守りの由緒ある薬師寺に、プロポーションの美しい市の文化財、七重の塔などがある。

155817.JPG

大田原は、今度の土日が屋台祭りというお祭りとか。

夕刻にはまだ早かったが、JRから離れた街道なので足の便を考えて、大田原から西那須野駅に出て今日の旅を終える。
歩行距離24.3km。
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2006年01月08日

奥州街道を歩く(その1:宇都宮宿〜喜連川宿)

中原街道に続いての、年明け第二弾は奥州街道へ。

三厩までは少し置いておき、まずは宇都宮から官制の奥州街道の終着の白河までの85kmを目指す。

日光街道で勝手知ったる宇都宮で、名物の餃子を食べて腹ごしらえ。
僅かに名残の松のある新道を、白沢宿へ踏み出した。

20060108奥州街道松.JPG


白沢宿は幹線道路から外れたため、静かな雰囲気を保っている。
昔の面影はないものの、旧屋号を掲げたり用水などで修景されて、街づくりが好ましい。

20060108白沢宿.JPG


次の宿場氏家への道筋、鬼怒川を渡るあたりでは、開けた風景の奥に日光連山や那須の山並みが目を楽しませる。

20060108那須連山.JPG


氏家宿では光明寺の3mもの露天の不動明王の憤怒の形相が人を驚かせる。少し先の瀧沢家の物見台が付いた蔵も珍しい。

20060108光明寺不動明王.JPG

20060108瀧沢家蔵.JPG


次の宿場、喜連川へは途中、旧道を探して道に迷いながら夕刻前に何とかたどり着く。
この辺も町村合併で「さくら市」という、無残な名前に変わってしまった。
再現された追手門を見て、唯一開いていたレストランで数少ないバスの時間待ちをして帰路につく。

20060108喜連川.JPG
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2005年12月20日

奥州街道冬の旅・・・

夏に続いて、冬バージョンの青春18切符を使って日光街道の続きで奥州街道の予定が・・・
何と列島は予想外の寒波襲来で冷蔵庫の中のよう。

奥州街道は日本橋〜宇都宮までは日光街道と重複し、そこから先の白河まで85kmが官制の奥州街道。さらにその先、はるか竜飛岬の三厩までが広義の奥州街道でこれは一寸手が出ない。

ニュースで白河は既に雪景色。どうするものか思案投げ首。
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