2006年05月03日

甲州街道を歩く(最終日:金沢宿〜下諏訪宿)

連休好天に恵まれ、最終日は金沢宿から終着点下諏訪宿までの歩き。

金沢宿では珍しい馬つなぎ石などを見て、田舎道をしばらく歩くと初めて北アルプスの穂高、槍などが姿をみせて目を楽しませる。

20060503北アルプス.JPG


上諏訪宿では連子格子の商家が結構残り、芭蕉の弟子の曾良の墓などを詣でる。

道は高台歩きとなり、眼下に諏訪湖が光るなか旧道をのんびり歩くと、程なく諏訪大社下社の秋宮へ。
色々纏めて煩悩の多い願い事をする。

162822.JPG


そこから指呼の間の神湯錦の湯前が、二年前中山道側から立ち寄った、中山道との分岐で甲州街道終着点。
碑には「甲州道中終点・右江戸へ五十三里十一丁 左江戸より五十五里七丁 正面京都へ七十七里三丁」とある。

20060503甲州街道終点.JPG


諏訪大社下社春宮まで足を延ばし、追加願い事。
前回見逃した万治の大仏も見学。

またまた旅の終わりは旅の始まり、まだ妻籠で途上となっている中山道に思いを馳せて旅を終えた。


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2006年04月30日

甲州街道を歩く(その8:台ヶ原宿〜金沢宿)

歩き始めの台ヶ原宿は、日本の道百選の一つで甲州街道では珍しく少しだけ観光地化。
宿の中ほどに大きな酒林を下げた店、地酒の七賢で有名で利き酒の種類も多いが全て有料なのが残念。

20060430台が原.JPG


次の宿の、珍しい名前の教来石宿は「目には青葉 山ほとゝぎす はつ松魚」で有名な山口素堂の出身地だが、碑があちこちに3つあり、例によって「世話人金丸信」と銘打った巨大なものが目を引く。
政治家の権勢欲はおぞましい。

山梨と長野の県境のその名も新国界橋を渡り、信州へ。
なぜか旧道の国界橋は「有害獣進入防止」で通行止め。
案内の通り黒い部分を握って外そうとしたが、何故かここにも7000ボルトの電流が流れていて、身体にショックが走る。高電圧だが電流が少なくて事なきを得たが、あまりしたくない体験だった。

135028(1).JPG


次の宿場の蔦木宿から金沢宿へは、耳元に水音が絶えず、丁度田に水を入れる季節で、どこか懐かしい風景が続く。

20060430田圃.JPG


スズランで有名な入笠山を見ながらの標高1000m程度の富士見高原歩き。
まだ桜は満開で、アララギ派の歌人の聖地となっている富士見公園で一休み。

伊藤佐千代の有名な「さびしさのきはみにたえてあめつちに よするいのちをつくづくとおもう」の碑などあり。

20060430富士見公園.JPG


今日の行程は国道歩きは殆ど無くて、のんびりと楽しい旅。
しかし、天気予報は外れ、雨模様となり金沢宿の入り口で今日の旅を終える。
歩行距離27.8km。

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2006年04月26日

甲州街道を歩く(その7:韮崎宿〜台ヶ原宿)

気まぐれ天気の合間を縫って歩いた甲州街道7日目は、韮崎宿手前の塩崎から台ヶ原宿まで。

この辺は、宿間が急に長くなり、JRも街道から大きく外れるので歩き難い部分。

さて韮崎宿はなぜか全ての建物が、道に対して斜に構えている不思議な町。
敵が攻めてきた時隠れやすいからと言うことらしいが、その必要が無い今も受け継がれている。

20060426韮崎宿.JPG


窟観音の千体仏を拝観。開祖空海、必ず一体は祈願者の目と目が合う仏があると信仰されている。
煩悩は多いが、目が合った仏はあるやなしや。

20060426窟観音千体仏.JPG


韮崎宿を抜けると釜無川の西岸に街道は移る。
左に鳳凰三山と甲斐駒、前方に八ヶ岳、そして右には韮崎から白州まで延々七里続くという七里岩を眺めながら、山好きには堪えられない楽しい道が続く。

七里岩も、まじまじと眺めるのは今回が初めて。


20060426鳳凰三山.JPG

20060426オ里岩.JPG


白州、武川のあたりも町村合併で、名前はなじみの無い北杜市に。
武川で有名な山高神代桜のそばにある、天然記念物の萬休院の舞鶴松を見学。

樹齢450年、幹周り4.1m、総枝周り74m、樹高11m。
人工的な手が入っているが、その巨大さには圧倒される。

20060426鶴舞松.JPG


この辺は、地図に無い道があちこち新設されており、国道、県道、農道とそれぞれの管轄だろうが、昔の金丸幹事長の残骸か殆ど不必要と思われるものも多く、公共投資の無駄使いの典型の見本市状態。

新しい道に悩まされながら、何とか台ヶ原にたどり着き、一日数本しかないバスを捕まえ韮崎に戻る。
今日の歩行距離、26.9km
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2006年04月15日

甲州街道を歩く(その6:一宮桃源郷あたり)

先週の花の下見を済ませ、今日あたりが盛と甲斐一宮の桃源郷を楽しみに、歩き出したのは勝沼宿。
ここも合併で甲州市と名前が変わってしまっている。

ブドウばかりが有名だが、街道沿いに古い家々が結構残っている。
しかし観光資源としての整備はあまりされていないのが残念。

少し歩くと、街道沿いにも満開の桃が現れはじめ、栗原宿あたりから南方向が、斜面一面がピンクに彩られる一宮の桃源郷。

20060415一宮桃.JPG


のんびりと歩きながら、笛吹川を超えて石和宿に。
甲斐はいわずと知れた武田信玄、釜無川はその名をつけた信玄堤で有名だが、笛吹川にも堤防を守る聖牛が歴史を超えて設けられていた。

20060415聖牛.JPG


甲府の手前で巨刹の甲斐善光寺を拝観。
善光寺は信濃、飯田、甲斐、東海と4つあり、ここは武田信玄が川中島の合戦の折、信濃善光寺の消失を恐れ諸仏を奉遷したもの。
7年一度のご開帳は四寺同時に行われ、次のご開帳は平成21年春。

20060415甲斐善光寺.JPG


甲府柳町宿に入り、いつも列車からは気に掛かっていた甲府城址・鶴舞城を見学。
石組みが残るだけだが、さえぎるものの無い天守台からは富士や甲斐駒が一望される。

20060515鶴舞城.JPG


さらに韮崎を目指して歩くと途中にミレーの「種をまく人」の所蔵で有名な山梨美術館が。
入場して見学する時間は残念ながら無かったが、庭園にあるブールデル、ロダン、マイヨール、ムーアなどの作品を楽しんだ。

20060515山梨美術館.JPG


近くの竜王新町の街道沿いに、珍しい球状の道祖神が存在。

20060515球体道祖神.JPG

先を急ぎ、韮崎の一つ手前のJR塩崎駅で寄り道が多く楽しかった旅を終わる。
歩行距離34.0km。
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2006年03月26日

甲州街道を歩く(その5:大月宿〜勝沼宿)

この日は甲州街道の難所の笹子峠越えが控えていた。

宿場は大月−花咲−初狩−白野−阿弥陀海道−黒野田−(笹子峠)−駒飼−鶴瀬−勝沼の9箇所。

大月から合宿の下花咲、上花咲を過ぎ、次の下初狩、中初狩も合宿。甲州街道は村が小さいせいか合宿が多い。

下初狩のそばの20号線でようやく100kmポスト。下初狩には山本周五郎生誕之地の石碑あり。

20060326甲州街道100K道標.JPG

20060326山本周五郎碑.JPG


白野、阿弥陀海道、黒野田とJR中央線と、笹子川を縫うように街道は進む。この3宿も合宿とか。

笹子駅前では笹一酒造の、ギネスブックに登録されているという世界一の大太鼓を見学。

20060326笹一酒造大太鼓.JPG


追分を過ぎて新田下という所から県道を離れ山道へ、途中矢立の杉への遊歩道に入り、山道を一登りで笹子峠の隧道へ到着。今は通る人もいない隧道だが登録有形文化財となっている。

20060326笹子峠.JPG


ここは標高1096M、峠も山という事で、さらに一登りして峠に出る。
尾根道を通って南にいけば三ツ峠、北に行けば小金沢連山に繋がるがこれもまたいつか。

下りは、県道を縫って不明瞭で踏みあとが薄い部分もある旧道を行く。
この道は昭和61年「甲州峠唄」というものが発表され、それをきっかけに地元の人が荒れ果てていた旧道を整備したもの。
既にそれから20年たち、再び昔の荒れた様子に戻りつつあり、少し山歩きに慣れた人で無いとお勧めできない道だった。

最近はどの深山幽谷に行っても、人に会わない場所は無いが、笹子峠の上り下りはそれこそ人っ子一人会わない、旧街道。
静かな山が好きな人は、趣向を変えてこういう山歩きも良いのではと思った。

20060326甲州街道笹子からの下り.JPG


峠を下って、駒飼宿を過ぎ20号に戻る。あとは殆ど国道沿いに勝沼へ。途中武田勝頼に関連した史跡血洗沢や、幕末の近藤勇が官軍と戦った柏尾の古戦場などがある。

最後は、甲府盆地と南アルプスを見ながらの、20号から勝沼ぶどう郷駅までの道のりが長かった。

20060326甲府盆地.JPG

当日の歩行距離36.1km。
ここまで来れば一安心。次は予定通り、桃の盛りの頃一宮を歩きたい。
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2006年03月18日

甲州街道を歩く(その4:小原宿〜大月宿)

今年の桜は早そうだというので、丁度甲府盆地にかかる頃に見頃になるようあわてて最近の変わりやすい天気の合間を縫って、一月ぶりに街道歩きを再開した。
四日目は藤野から大月まで。宿場としては上野原−鶴川−野田尻−犬目−鳥沢−猿橋−駒橋−大月の8つ。

藤野駅から歩道の無い20号をこわごわ歩き、関野宿をすぎて、上野原宿へ。途中諏訪集落に「あいさつを交わす思いやりの道」彫られた旧甲州街道の石碑あり。
こういうものは普通は行政が建てているが、個人のかたが自分の敷地に自費で作っている。紋きりで無い地元の人の街道への愛情が感じられる。

20060318甲州街道石碑.JPG

これに比べて山梨県は画一行政で、無いよりましだが、全て同じ文面の一里塚の説明と、同じ単調なデザインの宿場の石碑が文化度を表わしている。

街道は鶴川からは中央高速を縫うように続く。この辺も梅は遅れているが桃は満開の所もあり、一宮の桃源郷の開花具合が気がかりだ。

福島の三春は梅、桃、桜が同時に咲くことがその名前の由来というが、今年は梅が遅れ、桜と桃が早く、日本全国三春状態になりそうだ。

20060318甲州街道桃.JPG


談合坂付近の恋塚では、甲州街道で初めて石畳をみる、でも僅かに20m程度なのが残念。

20060318甲州街道石畳.JPG


鳥沢、猿橋と歩き続ける。
この辺は以前登った、百蔵山と闊達な扇山とを思い出す。

猿橋は有名な日本三奇橋の一つだが、その橋を通る道自体が旧甲州街道ということは初めて知る。
川面の水の色はまだ春には早い。

20060318猿橋.JPG


大月では、武田勝頼の悲劇で有名な岩殿山があり、登山が気に掛かるが、次の駄賃にとっておくことで我慢する。

20060318岩殿山.JPG

日没には少し早いものの、雨模様となり予定の初狩までを大月で切り上げた。
今日の歩行距離30.3km。
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2006年02月18日

甲州街道を歩く(その3:八王子宿〜吉野宿)

三日目は、小仏峠を越えて藤野まで。

宿場としては駒野木、小仏、小原、与瀬、吉野の5つ。それぞれの宿場は距離が短いが、小原と与瀬は上りと下りでそれぞれ飛ばす継ぎ方をする片継ぎの宿ということを知る。
これは今まで歩いてきた街道では初めての見聞。

高尾を過ぎるとようやく20号から離れ旧道となり、駒木野で小仏関の跡を見る。

20060218小仏関跡.JPG


小仏のバスの終点を過ぎてしばらく行くと、歩きやすいがそれなりの山道で、高尾からのハイカーが多く降りてくる。小仏峠は標高548m、登山口から15分程で登り着くが、眺めは中々のもの。
以前陣馬山から高尾へ歩いた折に通り過ぎているが、記憶は薄い。

20060218小仏峠.JPG


相模湖側へ下って小原宿へ、ここは神奈川県で唯一残るという本陣があり、世知辛いこの頃入場無料というのは有難い見識。

20060218小原本陣.JPG


この辺から、旧道は中央道と20号線、おまけに昔は無かった相模湖の存在もあり寸断されている。
相模湖を眺めつつ、あちこち迷いながら与野宿、吉野宿を通り過ぎるが、予定より時間が掛かり中央線の藤野で夕暮れとなる。

20060218相模湖.JPG

今日はハイキングを兼ねたような歩き旅。歩行距離は25.4km。
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2006年02月11日

甲州街道を歩く(その2:布田五宿〜八王子宿)

二日目は、飛田給から西八王子まで。
今日のコースは、宿間の距離が長く、宿場は府中宿、日野宿と八王子宿のみ。

府中ではひとまず111年が起源という古社の大國魂神社に立ち寄る。
国府時代の伝統を残すという5月の暗闇祭りが有名だが、未見。

20060211大国魂神ミ.JPG


日野までは国道歩きとなる。
途中谷保の天満宮は道から下がった所に社殿がある変わった作り。旧道が下にあったとか。
今はあまり使わない野暮天という言葉のいわれが、この谷保の天満宮。
普通神社は狛犬だが、それに加えて菅原道真と牛のいわれを偲び、座牛の像があるのも珍しい。

20060211谷保天神牛.JPG

菅公のご利益か、寒が続いて花が遅れているにもかかわらず、飛梅の末裔がほころんでいる。

20060211谷保天神梅.JPG


日野もご多分に漏れず、新撰組で売り出しており、都内唯一残存という本陣跡を見て多摩川を渡り八王子へ。

20060211日野館.JPG


八王子は、昔の町名が残るが大都会となり、昔日の面影はない。
陣馬街道との追分を分けたあたりで、日光の東照宮が幕末残ったことに功績のある千人同心の碑を見て、本日の旅を終える。

20060211八王子追分.JPG
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2006年02月08日

甲州街道を歩く(その1:日本橋〜布田五宿)

今日は久しぶりに寒が緩み、皇室もおめでたという事で、五街道のうち一つ残っていた甲州街道に脚を踏み出した。

甲州街道は日本橋から、下諏訪までの45宿、220KM。
梅、桜、甲府盆地の桃などの季節にあわせて歩きたい。

なじみの日本橋で、道路元標を確認し皇居を巡り、半蔵門から西へ向かう。
皇居のお堀も春の兆しで、みどりが少しづづ濃くなり始めている。

20060208皇居御濠s-.jpg


内藤新宿、下高井戸、上高井戸、国領、布田五宿と本日は9つの宿を歩き、行程は25、6KM。

甲州街道を使う大名は飯田、高遠、諏訪の3大名のみなので、街道沿いの故事来歴は多くない。
小さな寺社を見学しつつ、退屈な道を淡々と歩き継ぐ。

明大前にある築地本願寺和田廟所では樋口一葉、中村汀女などの墓所があり、それらを偲んで足を留める。
一葉の墓の質素さが心を和ませる。

20060208樋口一葉墓s-.jpg


布田五宿のひとつ、上石原に入るとここは近藤勇の生誕地で、少し前のNHK大河ドラマ「新撰組」にあやかった幟が侘しくはためいている。

西光寺で近藤勇の坐像を見て、ネーミングライツで「味の素スタジアム」となった元東京スタジアムの最寄り駅、場違いに近代的な飛田給の駅から帰路につく。

20060208近藤勇像s-.jpg
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