2006年01月04日

中原街道冬の旅(その3)

年が明けての歩き初めは、中原街道の桜ヶ丘から。

すぐに厚木飛行場となり、飛行機マニアの人が林の陰にたむろしてシャッターチャンスを狙っていた。寒川まではさほど見るべきものは無く中将姫の侘しい祠などが伝説を偲ばせる。

寒川では初詣をかねて寒川神社へ。
三が日を過ぎても大変な人出、山門の前の巨大な狛犬が目を引く。

20060104寒川神社狛犬s-.jpg


街道に戻って相模川を渡る。河川敷で羊の群れを追う犬を発見。
牧羊犬の訓練らしいものの、趣味の世界なら羊の飼育も含めて相当変り種。

20060104相模川羊.JPG


平塚に入ると旧道の道筋は殆ど不明で終着間近の御殿町でようやく復活する。雲雀野御殿といわれた中原御殿跡は小学校となり、僅かに碑が残るだけ。
裏門の冠木門を移築した善徳院を見学して約20kmの歩き初めを終える。

20060104善徳寺.JPG


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2005年12月28日

中原街道冬の旅(その2)

年末押し詰まって、二日目は武蔵中原から歩き始め.
すぐの大戸神社に砲弾を抱えた珍しい狛犬。日露戦争の記念とか。

20051228大戸神ミ狛犬.JPG

港北ニュータウンを一角をかすめるが、そこに東日本でも一、二の古さを誇る豪壮な関家住宅。昔の名主の家だが、立派に現役で住まわれていて外観しか見れないのが残念。

20051228関家.JPG

ニュータウンから佐江戸への道は、以前は細い切り通しだったが今は全く新しく広いだけの味気ない道に生まれ変わっていた。
中山を過ぎ、横横道路の下川井のあたりに旧道が残るが、殆どは車の夥しく通る新道をひたすら西日に向かって、起伏の多い横浜の道を歩き続ける。

相模鉄道を過ぎ小田急の桜ヶ丘、ここを過ぎると寒川まで駅が無いので、今日の行程を終える。これが今年の歩き収め。
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2005年12月25日

中原街道冬の旅(その1)

予想外の寒波で、遠出の奥州街道をとりあえず来年回しにして近場の中原街道で代用。

中原街道は、江戸城虎ノ門口から多摩川を丸子を渡り平塚の中原御殿までの60kmほどの東海道の脇街道。日の短い昨今でも、山で言うエスケープルートが多いのが気を楽にさせる。

虎ノ門では、地下鉄出口に虎がいる。

20051225虎ノ門の虎.JPG

桜田通りに沿って愛宕山、赤羽橋などを通り、芝公園にある東京プリンパークタワーのあまりにもお粗末なデザインに愕然とする。

三田から旧道の聖坂に入る。この辺結構見逃せない昭和初期の建築が散在していた。
飯倉にあるレーモンドの聖オルバン教会、一見ライトかと思うような高輪教会、これはそのはずライトの弟子、岡見健彦の設計とか。
二本榎では、メンデルゾーンも真っ青な高輪消防署二本榎出張所。あとで調べると警視庁営繕係の越智操氏の設計とのこと。

20051225高輪消防二本榎.JPG

五反田あたりからは殆ど新道になり、途中洗足池に寄り道をする。ここは日蓮の伝承で有名だが、千束の風光を愛で余生を過ごした勝海舟の墓などもある。

20051225勝海舟墓.JPG

他にも、新井白石、荻生徂徠、英一蝶の墓、また、忠臣蔵の大石内蔵助良雄の自刃のあとなども今回の道中で確認。何故ここにという不思議さがあるが墓も歴史を振り返るには格好の素材。

福山雅治の歌で有名になった田園調布の桜坂を過ぎ、多摩川の丸子の渡しに。

丁度暮れなずもうとしている丸子橋を渡り、カギ道や御殿跡の残っている小杉を経て武蔵中原で今日の旅を終える。

20051225多摩川.JPG
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