2007年04月10日

善光寺街道(その4:篠ノ井追分〜善光寺宿)

篠ノ井追分からは僅か一つ、丹波島宿を残すのみで善光寺。

丹波島宿を過ぎて、犀川からは残雪の鹿島槍、五竜が良く見えて今度は急に山心がざわめいた。

20070410鹿島槍他s-.jpg


善光寺宿の入り口に、小さなポケットパークがあり、誰がどのような気持ちで選んだのか、西行の歌の石碑に感じ入る。
 信濃なる花なし山のうぐひすは己を春としらでこそなけ (西行)

善光寺はあいにく本堂再建300周年で山門が改修中だったが、お約束のそば饅頭を食べて、善光寺街道を満喫した。

20070410善光寺s-.jpg


牛に引かれないで、色々な事に惹かれて辿り着いた善光寺だった。


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2007年04月09日

善光寺街道(その3:上田宿〜篠ノ井追分)

上田宿から、坂木宿、上戸倉宿、下戸倉宿、矢代宿さらに善光寺西街道の篠ノ井追分まで。

信濃鉄道に沿いながら空の広い街道歩きは闊達だが、一日中吹き荒れる北風に悩まされた。

国道と平行して街道が大部分残っており、格段の名所旧跡は少ないものの、左に千曲川を眺めながらの歩き旅は心地よい。

20070409屋代付近千曲川s-.jpg


下戸倉宿では、藁屋根の立派な坂井銘醸で利酒をしすぎて、やや千鳥足になりながら歩き続ける。

20070409下の酒屋s-.jpg


矢代宿では旅籠の藤屋が現役で頑張っている。

20070409藤屋s-.jpg


善光寺西街道との分岐の篠ノ井追分で、そちらもいつか歩くことかと思いつつ草鞋を脱いだ。

20070409篠ノ井追分s-.jpg
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2007年04月08日

善光寺街道(その2:小諸宿〜上田宿)

青春18切符と、上田城千本桜にあわせて善光寺街道へ。初日は前回の小諸宿から上田宿まで。

小諸宿は本陣などを拝見したあと、懐古園はパスして途中布引観音への道に気を惹かれるが、田中宿へ先を急ぐ。

田中宿は街中だけが道路拡幅されていて、昔日の面影が皆無なのは残念。

20070408田中宿s-.jpg


田中宿から卯建で有名な海野宿は指呼の間、この日は白鳥神社の祭礼で幟がはためく音が耳に懐かしさを伝える。
観光の人出も少なく、歴史建造物がそっくり残った美しい町を満喫し、名物くるみおはぎを福嶋屋で食したのも美味。写真を撮り忘れたのが一寸残念です。

20070408海野宿縦s-.JPG  20070408海野宿うだつs-.jpg


海野宿からはしばらく千曲川沿いになり、広がる空が脚を進める。途中信濃国寺跡があるが、千本桜の昼の姿、夜の姿を眺めるため無念の涙を呑んで上田宿へ。

市内は宿場の姿は少ないが、柳町などの一角が懐かしい。

20070408上田宿柳町s-.jpg


上田城の千本桜の染井吉野は早いものの、枝垂れは満開で昼の艶やかな姿に、夜は妖しさが加わった姿を見せてくれた。

20070408上田城桜1縦s-.JPG  20070408上田城桜3s-.jpg


陽が落ちてから、西の空が灰桜から鴇色に一瞬のうちに変転した様は、目に焼きつけられました。

20070408上田城夕焼s-.jpg
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2007年01月28日

善光寺街道歩き初め

五街道を終えた後、前の旅の草鞋も脱がぬうちに、早速次の旅の始まりです。

中山道の追分宿の分去れには 、
「さらしなハ右 みよしのハ左にて 月と花とを追分の宿」
の心惹かれる言葉が刻まれた碑があります。

134958s-.jpg

左は中山道を経てはるか花の吉野へ、右は善光寺街道を経てさらに善光寺西街道、月の名所の更科へ。

善光寺街道の歩き初めは、足元に雪も見え少し先行き不安もありましたが右手に何時も雄大な浅間を従えての、中々闊達なものとなりました。
まずは足慣らしで、小諸まで。

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信濃追分からの旅は善光寺を経てまた一回りして、中山道の洗馬宿の追分へ。
たどり着くのは何時の事ですか。
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