2007年06月28日

日光例幣使道(その4:鹿沼宿〜今市宿)

鹿沼宿、文挾宿、板橋宿と歩いて今市宿の入り口の日光街道の追分まで。

珍しい二筋の街道筋を持つ鹿沼宿では、日光の木工や漆の技を引き継いだ屋台が見事。

20070628鹿沼屋台s-.jpg


朱が美しい今宮神社では夏越の大祓えの茅の輪が造られていて、落とすべき半年の罪穢れの記憶を探る。

今宮神社茅の輪s-.jpg


文挾宿の手前で杉並木が現れ始めるが、文挾を過ぎると歩道が全く無くなって、狭い道で車に神経をすり減らす歩きとなる。

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日光街道で通り過ぎた追分地蔵尊で、今回の歩き旅を終えた。
例幣使街道は雅な名前に惹かれたが、街道筋は開発が進み史跡を保存する姿勢も少ないのは残念だった。

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今年はこれで、善光寺街道に引き続いて二つ目の街道を完歩。
途上なのは善光寺西街道と奥州街道。しばし小休止して次の再開はいつの事になるのやら。


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2007年06月13日

日光例幣使道(その3:岩舟〜鹿沼宿)

3日目は、岩舟から富田宿、栃木宿、合戦場宿、金崎宿、楡木宿、奈佐原宿、鹿沼宿の旅。

栃木宿を除いては見るべきものは殆どなく、栃木宿は蔵や水路や、明治時代の建物や見所豊富だが、既に訪れているので感慨少ないのは残念。

それでも別の目で見ると、韮崎と同じに街道に対して斜に構えた建物が多いことを見つける。韮崎は戦いの時に身を隠すためとの説だが、栃木は男体山下ろしの風を避けるためとか。少し納得出来ない気もするが。

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造り酒屋の、何気ないもてなしの顕れも心憎い。

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金崎宿辺りでは何故か十九夜塔が多い。十九夜は女人講が殆どでここも全てその通り。真新しい塔が目を引いた。
すぐ傍に「女人」という珍しい地名があり、関係もありそうだが。

20070613十九夜塔s-.jpg


鹿沼に近づくと、さつきの園芸農家が増えてくる。日本で初めてと標榜している黄色いさつきに遭遇する。

20070613黄色いさつきs-.jpg


楡木宿入口に壬生道との追分があり、「右中山道・左江戸道」の碑が立っている。
官制の例幣使道はここで終了して、正しくは小山からの壬生道が今市まで続くことになる。

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奈佐原宿を過ぎて、僅かに残る杉並木を見つつ、鹿沼宿で旅を終えた。

20070613杉並木s-.jpg
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2007年06月02日

日光例幣使道(その2:太田宿〜岩舟)

気配だけだった麦秋が、完全な黄金色の麦秋へ変わっている日光例幣使道の2回目は、太田宿から犬伏宿少し先の岩舟まで。

犬伏宿の少し先に、最近何かと身の回りに出没する慈覚大師円仁の生誕の地があることもわかり、それを詣でることも目的といえば目的。

上野と下野を小さな川で分け、八木宿、梁田宿と進むと渡良瀬川。

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少し山が近くなる。
刈り取った麦の跡の不思議な縞模様の彼方、小高い丘には先日遊んだ足利の、栗田美術館が遠望され懐かしさを覚える。

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風の踏み跡を残す麦秋が美しい。

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佐野市となった天明宿は街中にまだ古さを残し、「家紋のまち」でも町おこし中だ。

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日暮れも迫り、犬伏宿をやり過ごし、カタクリで有名な三毳山の山すそを回り込むと慈覚大師の誕生の地。
壬生の壬生寺も慈覚大師の誕生の地とされていて、真偽はわからないが、どちらにせよ信ずる方が正しいのが宗教の習い。

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9歳まで修行したという、高平寺は門前の麦秋が只一時の趣をそえる。

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三毳山に暮れる陽は、それを見届ける人にだけ空に一瞬の耀きを贈り届けるようだった。

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上田に遊んだ時の茜の空を思い出した。
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2007年05月15日

日光例幣使道(その1:倉賀野〜太田)

五街道を終わって、街道と街道を縦糸で繋ぐ街道歩きに移行している。

日光例幣使道もその一つ。中山道の倉賀野から日光壬生道楡木までの約90km。五月晴れが続くので虫が疼いて繰り出してみた。

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この日は、倉賀野宿から、玉村宿、五料宿、柴宿、境宿、木崎宿、太田宿と足を進めたが、街道は思ったより見るべきもの少なくて、何よりも町々に保存の意識がほとんど無く、本陣脇本陣、歴史的な碑等ほとんどが消失しているのが残念だった。
道筋も思いのほか工業団地などが多く散在し魅了に欠け、風向も明媚でない。
221年間、一度も途絶えることなく行われた例幣使派遣だが、今の街道はそんなことは忘れ去られたように、無駄な道筋の拡張と、それに反比例したうら寂しい町が印象的だった。

矢車草と共存している不思議な麦秋

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利根川(五科の渡)

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